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東京地方裁判所 昭和62年(行ウ)21号 判決 1993年1月21日

原告

石塚証券株式会社

右代表者代表取締役

寺門悦

右訴訟代理人弁護士

馬塲東作

高津幸一

村田敏行

被告

中央労働委員会

右代表者会長

萩澤清彦

右指定代理人

北川俊夫

外三名

被告補助参加人

大阪証券労働組合

右代表者執行委員長

下田紀

右訴訟代理人弁護士

三上孝孜

梅田章二

大櫛和雄

主文

一  被告が中労委昭和五九年(不再)第三二号事件、同第三三号事件について昭和六一年一二月一七日付けでした命令中次の部分を取り消す。

1  主文1項

2  主文2項中、大阪府地方労働委員会が大阪地労委昭和五八年(不)第一〇号及び同第八〇号併合事件について昭和五九年六月八日付けでした命令の主文3項(1)を改めた部分

3  主文3項中、大阪府地方労働委員会の右命令の主文1項及び3項(1)に対する原告の再審査申立てを棄却した部分

二  原告のその余の請求を棄却する。

三  訴訟費用は、補助参加によって生じたものを含め、これを二分し、その一を原告の、その余を被告及び被告補助参加人の負担とする。

事実及び理由

第一請求

被告が中労委昭和五九年(不再)第三二号事件、同第三三号事件について昭和六一年一二月一七日付けでした命令中、同第三三号事件再審査申立人大阪証券労働組合の再審査申立てを棄却した部分を除くその余の部分を取り消す。

第二事案の概要

本件は、原告が被告に対し、被告が発した右命令が事実誤認、法令解釈の誤りにより不当労働行為に該当しない行為を不当労働行為としたものであるとして、その取り消しを求めた事案である。

一事実経過の概要

争いのない事実及び当該各掲記の証拠によれば、本件の事実経過の概要は、次のとおりである。

1  当事者等

(一) 原告は、肩書地を本店所在地とし、大阪証券取引所の会員として有価証券等の売買を営んでいる会社であり、昭和五九年当時の従業員数は約五〇名であった。

(二) 被告補助参加人大阪証券労働組合(以下「参加人」という。)は、大阪地方における証券会社、証券機関等の従業員で組織する労働組合であり、昭和五九年当時の組合員数は約六四〇名であった。

参加人の下部組織として、原告の従業員で組織される大阪証券労働組合石塚分会(以下「分会」という。)があり、昭和五九年当時の分会員数は約二〇名であった。

2  分会結成に至るまでの労使関係

(一) 原告は、昭和四一年ころ、野村證券株式会社(以下「野村證券」という。)の資本系列下に入り、以後、代表取締役が同社から派遣されるようになった。

(二) 昭和五七年二月七日、原告と東京都中央区に本店を置く日栄証券株式会社(以下「日栄証券」という。)とが、原告の経営再建のために同年五月一日付けで合併する旨の新聞報道がなされ、翌日、当時の原告代表取締役社長西浦克己(以下「西浦前社長」という。)は、従業員らに対し、原告は日栄証券に合併されると話した。

同月九日、西浦前社長は、営業部員に対し、合併に伴う従業員の取扱いについて、原告の退職金規定に従って退職金を支払うこと、日栄証券としても、原告の従業員らをそのまま雇用し、合併後三年間は配置転換をしない方針を示していると説明し、同月一二日には、総務部員、株式部員に対し、同月一五日には、総務部、営業部、株式部の従業員代表八名に対し、右同様の説明をした。そして、西浦前社長は、同月二六日昼ころ、全従業員に対し、前記退職金を規定の1.86倍に上積みする旨述べ、同日午後五時三〇分ころ、全従業員を集めて、再度、日栄証券との合併に際しての従業員の処遇について説明したが、これに対し、従業員全員が無言のままその場から退席してしまったため、従業員の協力が得られない以上日栄証券との合併は不可能であると判断するに至った(<書証番号略>)。

(三) 右同日、原告の従業員中、原告が提示した退職金額等を不服とする一七名が分会を結成し、曽和幹雄(以下「曽和分会長」という。)が分会長に就任し、同日午後八時三〇分ころ、西浦前社長に対して分会結成通知書を手渡した。

(四) 同年三月一日午前八時三〇分ころ、西浦前社長は、従業員らに対し、日栄証券との合併は白紙に戻さざるを得ない旨述べた。

3  協定書作成拒否等を巡る経過

(一) 原告と参加人とは、右同日午後五時三〇分ころから、分会結成後初めての団体交渉を行った。原告側からは武内周一取締役(以下「武内前取締役」という。)が、参加人側からは新堂継男執行委員長(以下「新堂委員長」という。)、曽和分会長ら組合員約二〇名が出席した。この席上、参加人は、別紙二Ⅰ記載の内容の書面(以下「本件要求書」という。)を原告に提出し、その趣旨を説明した。

同月三日にも団体交渉が行われたが、その席上、西浦前社長は、参加人に対し、「日栄証券との合併は白紙撤回になったので、この上は全役員及び全従業員が一丸となって頑張らなければならない。」と述べるとともに、本件要求書について同月八日に回答する旨約した。

(二) 同月八日午後五時三〇分から行われた団体交渉(以下「本件団体交渉」という。)の経過の中で、西浦前社長は、別紙二Ⅱ記載の内容の書面(以下「本件回答書」という。)を作成して参加人側に手渡し、参加人側は、本件回答書の内容を正式に承認するかどうか後日検討して回答する旨述べた(この団体交渉の詳しい状況については後に認定する。)。

(三) 参加人は、同月一八日、評議委員会において本件回答書の内容を承認することを決議した。

(四) 次いで、同日午後五時三〇分ころから行われた団体交渉には、原告側から戸田博忠常務取締役(以下「戸田前常務」という。)及び武内前取締役、参加人側から新堂委員長、曽和分会長ら組合員約二〇名が出席した。席上、新堂委員長が、本件回答書の内容を受諾するので同内容の協定書を作成するよう求めたところ、戸田前常務は、現役員が全員辞任することになったので、現役員には協定書を作成する権限がなく、協定書問題は新役員への引継事項としたい旨返答して協定書の作成を拒否した。

(五) 同年四月一六日、原告の臨時株主総会が開催され、当時の全役員が辞任し、取締役三名、監査役一名が新たに選任された。その結果、原告の新役員体制は、寺門悦(以下「寺門社長」という。)が代表取締役、佐野勝巳が常務取締役、柿原澄男(以下「柿原取締役」という。)が取締役、武内前取締役が監査役となった。

(六) 同日北浜ビジネス会館で行われた団体交渉の席上、参加人は、本件回答書と同じ内容の協定書の作成を求めた。これに対し、寺門社長は、本件回答書の2、3及び5項は会社経営の根幹に触れるとして、内容を修正しなければ協定書を作成することはできないと述べ、参加人が右修正要求に応じなかったため、協定書の作成を拒否した。

同月二一日の団体交渉において、寺門社長は、本件回答書の前記各項についての原告の修正案を提示したが、参加人はこれを拒否した。

(七) 原告は、昭和五八年一一月一一日に行われた団体交渉において、参加人に対し、仮に本件回答書と同内容の労働協約が成立しているとしてもこれは有効期間の定めのないものであるから労組法一五条三項により解約する旨の通告書を渡したが、参加人は、同月一四日、右解約予告は不当労働行為であるとしてこれを返却した。そこで、原告は、参加人に対し、再度同趣旨の通告を内容証明郵便で行った(以下、これらの書面による通告をまとめて「本件解約予告」という。)。

4  曽和問題

(一) 原告は、曽和分会長の担当顧客との紛争により損害を被ったとして、昭和五七年一二月二二日、曽和分会長に対し、求償及び損害賠償(以下「求償等」という。)として合計三一八四万四六六七円及びこれに対する遅延損害金の支払を求める訴えを大阪地方裁判所に提起した(以下この訴訟を「別件訴訟」という。)。また、原告は、これに先立って、同月四日、同裁判所において曽和分会長所有の不動産に対する仮差押えの決定を得た。これに対し、曽和分会長は、この件は既に決着済であるなどと主張して、全面的に争っている。

後出の本件命令は、この原告の曽和分会長に対する求償等の請求を「曽和問題」と呼称している。

(二) 参加人は、同月二三日及び昭和五八年二月一日、原告に対し、曽和分会長に対する右求償等の請求を撤回することを議題とする団体交渉の開催を申し入れたが、原告はこれに応じなかった。

5  本件命令

(一) 参加人は、昭和五八年二月二八日、原告を相手どって、大阪府地方労働委員会(以下「大阪地労委」という。)に対し、①本件回答書1ないし6項を有効な労働協約として取り扱い、これを誠実に履行するとともに、本件回答書と同内容の協定書に記名、押印すること、②日栄証券との合併計画及びその白紙撤回の経緯と理由及び今後の経営改善方針について誠実に団体交渉を行うこと、③曽和問題について誠実に団体交渉を行うことを求めて救済申立てをした(大阪地労委昭和五八年(不)第一〇号事件)。

(二) また、参加人は、同年一一月二九日、原告を相手どって、大阪地労委に対し、本件解約予告を撤回し、本件回答書と同内容の労働協約が有効に存続しているものとして取り扱うことを求めて救済申立てをした(大阪地労委昭和五八年(不)第八〇号事件)。

(三) 大阪地労委は、右両事件を併合して審理し、昭和五九年六月八日付けで別紙一Ⅰのとおりの主文の命令(以下「初審命令」という。)を発した。

(四) 原告と参加人とは、初審命令のうち、それぞれ主張が認められなかった部分について、被告に対し、再審査申立てをした(原告の再審査申立ては中労委昭和五九年(不再)第三二号事件、参加人の再審査申立ては中労委(不再)第三三号事件)。

(五) 被告は、昭和六一年一二月一七日付けで別紙一Ⅱのとおりの主文の命令(以下「本件命令」という。)を発し、同命令書は、昭和六二年一月二九日、原告に交付された。

二争点

1  原告が本件回答書と同内容の協定書の作成を拒否したことは不当労働行為に当たるか。

2  原告が本件解約予告をしたことは不当労働行為に当たるか。

3  原告が曽和分会長に対する求償等の請求の撤回を議題とする団体交渉の開催を拒否したことは不当労働行為に当たるか。

三争点についての当事者の主張

1  争点1について

(一) 被告

原告による協定書作成拒否は、労組法七条二号に該当する不当労働行為である。

(1) 本件団体交渉は午後五時三〇分から午後一一時三〇分過ぎまで行われたが、原告が本件要求書に対する回答を準備していなかったため、出席した参加人組合員の中には机を叩いたり、床を踏み鳴らしたり、怒声を発して抗議する者もあり、午後八時過ぎまで喧騒にわたる状態が続いた。その後、参加人は、原告に対し、回答書の作成を強く要求し、参加人が本件要求書の各項目について他社の例を示すなどしながら説明した上で原告の考え方を聞くという方式で交渉が続けられた。途中、一回約一五分間の休憩時間が約四回あり、その間、原告役員らは役員室で休憩した。最終的に、原告側は別紙二Ⅱのとおりの本件回答書を役員室で作成し、これに西浦前社長が押印して、参加人側に手渡した。

参加人の抗議がかなり喧騒にわたった点は、参加人の態度にも問題があるが、それも、原告が参加人の本件要求書について未検討のまま団体交渉に臨んだためである。また、西浦前社長以下の役員らは、団体交渉の途中約四回、一回約一五分間の休憩を役員室でとりながら本件要求書について検討し、本件要求書2項に一部修正を加えるなどして全役員が納得した上で本件回答書を作成して、西浦前社長がこれに押印しているのであるから、当時の状況は、冷静、慎重な協議をなし得ないような状態であったとまではいえず、本件回答書の作成が参加人の脅迫まがいの交渉態度と詐術的な説得の結果であるとの原告の主張は失当である。

そして、参加人は、同月一八日、本件回答書の内容を受諾する旨原告に回答しているのであるから、これによって労使間に本件回答書の内容と同内容の合意が成立したものといえる。

(2) 原告が、厳しい経営再建の局面に当たって役員を一新し、本件回答書の一部について経営の根幹に触れるとしてその修正を求めた事情については理解できないではない。しかしながら、団体交渉を経て一旦正式に回答し、その結果合意が成立するに至った以上、原告としては、その内容で労働協約を締結すべきであり、経営陣が変わったからといって新役員らにおいて直ちにその修正を申し入れ、他に格別の事情もないのに協定書を作成し調印することを拒否することには合理的な理由がない。

したがって、原告による協定書作成拒否は、それまでの団体交渉の意義を失わせるものとして、労組法七条二号に該当する不当労働行為となるものというべきである。

(二) 参加人

原告の協定書作成拒否は、労組法七条二号のみならず同条三号にも該当する不当労働行為である。

(1) 原告の役員更迭自体が、原告の親会社である野村證券が本件回答書の内容を嫌悪したために、協定書調印の阻止と組合潰しの目的で行われたものである。

(2) 当日の団体交渉の状況は平穏に行われ、喧騒にわたるようなことはなかった。また、原告は、参加人側出席者が、参加人の一下部組織である塚本分会から塚本証券株式会社(以下「塚本証券」という。)に提出した要求書(以下「塚本分会要求書」という。)を同社との協定書であると偽って示したために、錯誤に陥って本件回答書の作成に至ったと主張するが、要求書と明記してある書面を回答書と間違えるなどということが交渉担当者にあり得るはずはない。

(3) 労働協約につき、書面に作成し両当事者が署名し又は記名押印することによってその効力を生じるとしている労組法一四条は、労働協約の一般的拘束力を認めるための政策的規定にすぎず、必ずしもこれを厳格に解さなければならない理由はない。むしろ、本件回答書の交付とその受諾表明があった以上、そこに労働協約が有効に成立したものというべきである。そうでないとしても、労使間に合意が成立した以上、労使双方は互いに相手方に対し有効な労働協約を締結するのに必要な協力をする法律上の義務を負うものというべきである。

したがって、使用者が、団体交渉において合意した事項について、書面の作成や署名ないし記名押印を拒否することは不当労働行為となるものと解すべきである。

(4) 原告の協定書作成拒否は、団体交渉の意義を失わせるばかりでなく、参加人の弱体化を企図してなされたものであるから、労組法七条二号のみならず同条三号にも該当するというべきである。

(三) 原告

原告の協定書作成拒否は、不当労働行為とされるいわれはない。

(1) 本件回答書は、次のような参加人の威迫と詐術によって作成されたものである。

なるほど、原告は、昭和五七年三月三日、本件要求書に対し、同月八日にその回答をすると約束したが、原告役員らは合併の中止とこれに伴う事後処置のため忙殺され、本件要求書について十分な検討をする余裕がなかった。しかも、当時の役員には労働組合と本格的な団体交渉をした経験のある者はいなかった。原告側は、本件団体交渉の冒頭にそのことを正直に伝え、時間の猶予を求めた。こうして、本件団体交渉は、原告側では検討ができていないと述べたことから始まったが、これに対し参加人側は、大声を張り上げ、口々に怒声を浴びせ、机を叩き、床を踏み鳴らして威迫し、数を頼んで、荒れた団体交渉の経験等まったくない原告役員らを震え上がらせたのであり、本件団体交渉の状況は、被告が認定した程度のものではなく、これを数段上回る凄じい状態であった。仮に、被告の認定どおりであるとしても、午後五時三〇分ころから午後八時ころまでの約二時間半は、狭い部屋で二〇名以上が口々に大声を上げていたのであり、原告役員らが萎縮し判断力を失うには十分な状況であったといえる。

このような状況の後、原告側が、強硬に即答を求める参加人側に対し、他社の事例を参照したいと述べたところ、参加人側は、たまたま持ち合わせていた塚本分会の要求書にすぎない書面を塚本証券との合意に達した協約書と称して示した。しかし、これは参加人の詐術であって、右書面は、塚本証券の協約書(それは、実際には、後に原告が求めた修正案に近い内容のものであった。)とは全く内容が異なっており、同業他社の協約例の中にもこのように突出した内容のものはなかった。原告役員らは、二時間半も威迫され続けて萎縮し、判断力を失っていた中、同業他社の例として右書面を示されたことにより、本件要求書と同様の要求を他社では容認していると思い込んでしまったため、これを拠り所にしてしまったのである。

なお、当日の団体交渉において約四回の休憩時間がとられたことは確かであるが、前記要求書による詐術が行われるまでの約二時間半には、参加人による威迫が続く中、まったく休憩もなく、その後の休憩も約一五分間で、原告側では考え直したりする余裕もなかったのである。

(2) 以上のような状況下で威迫と詐術によって作成させられた本件回答書はそもそも無効である。被告の論理に従っても、参加人による威迫と詐術を認定すれば、まさに「格別の事情」があったものというべきであり、原告がそのままの内容で調印できないとして修正を求めたことは当然である。原告が特に強く修正を求めた本件回答書の2、3項は、時間内労働組合活動と労働条件に関する事前協議条項であって労使関係の基本事項であるが、このような重大な項目が右のような荒れた団体交渉において威力と詐術により回答させられた場合、それによって原告と参加人の将来にわたる労使関係が律せられることが不当であるのは明らかである。

2  争点2について

(一) 被告

団体交渉を経て一旦正式な回答を行い、その結果合意が成立するに至った以上、原告としては、その内容で労働協約を締結すべきであるのに、協定書の作成を拒否しておきながら、本件回答書を期間の定めのない労働協約に準じて解約予告を行い、これによって協定書の作成拒否を正当化しようとすることは労組法七条三号に該当する不当労働行為である。

(二) 参加人

原告の役員更迭は協定書調印の阻止と組合潰しを企図したものであり、本件解約予告もその意図の延長として行われたものであって、本件解約予告は、参加人の団結権を侵害し組合活動を弱体化させるほか、団体交渉の意義をも失わせるものであるから、労組法七条三号のほか同条二号にも該当する不当労働行為である。

原告は、内容の修正を提案したのに参加人がこれに応じなかったとして、あたかも協定書調印拒否や本件解約予告に正当な理由があるかのように主張するが、修正を要求するのであれば、一旦協定書を作成し、その運用状況を見てその上で協約内容の修正について問題提起し、交渉すべきである。

(三) 原告

本件回答書が無効であることは前述のとおりであるが、原告は当初、労使関係の安定のために、あえて本件回答書が無効だという主張をせず、その内容を他の証券会社並みのものに修正すれば労働協約を締結するという立場に立って、参加人に対して約一年半も辛抱強く話合いを呼びかけ続けた。しかるに、参加人がこの話合いを拒否し、頑に本件回答書どおりの協定書を作成することを要求し続けたため、原告は、やむなく本件解約予告に踏み切ったのである。

3  争点3について

(一) 被告

曽和問題は、曽和分会長が業務上行った行為に起因するものであって、曽和分会長個人のみならず他の組合員にも関わる問題であるから、その問題について訴訟上の解決が進められていても、これとは別に労使間で自主的に団体交渉により解決を図ることを妨げるものではない。

したがって、原告は、曽和問題を議題とする団体交渉の開催を正当な理由なく拒否しているというべきであり、これは労組法七条二号に該当する不当労働行為である。

(二) 参加人

曽和問題は、労働条件の内容又は少なくともこれに密接に関連する問題であり、さらには、その求償及び損害賠償請求は、法律上根拠のない不当労働行為であるというべきであるから、原告には、団体交渉に応ずる義務があり、これを拒否することは労組法七条二号に該当する不当労働行為である。

(1) 曽和問題の発端となったトラブルの経緯は次のとおりである。

曽和分会長は、昭和五三年当時、営業主任として証券のセールスを担当していたが、約一年をかけて、歯科医である三谷圭三(以下「三谷」という。)を顧客として開拓した。三谷と原告との証券取引は、昭和五二年一月ころ、株式の現物取引から始まり、さらに取引開始後一年を経た昭和五三年一月からは株式の信用取引に拡大した。ところで、三谷は、税務調査を心配して証券取引に関する書類の自宅への郵送を嫌い、曽和分会長が持参するよう求め、曽和分会長は、当時の取締役であった武内前取締役の了承を得て、三谷の関係書類を原告に留め置き、三谷宅に持参する扱いをした。また、三谷との取引は、そのほとんどが、銘柄、取引株数、取引値段のいずれをも曽和分会長の判断に任せるいわゆる一任勘定取引であった。このため、個々の取引について事前に三谷の了解を得る必要はまったくなく、このことは三谷も了承しており、また、当時原告の社長であった本郷亭十郎(以下「本郷元社長」という。)も知っていた。

三谷関係の取引は事後報告の形で順調に進んでいたが、昭和五八年八月ころから株式の信用取引の損失が増えていったため、曽和分会長は、以前に一任勘定で購入し現物を引き取っていた株式一〇銘柄を損失填補のため売却した。そして、曽和分会長は、昭和五四年四月三日、三谷宅を訪れ、信用取引の損失の状況を説明し、右売却済みの一〇銘柄の預り証の返還を求めたところ、三谷は、損まで委託していないという理由でその返還を拒否した。

曽和分会長は、同日、直ちに紛争が発生したことを武内前取締役に報告し、原告は、三谷との紛争解決に当たることになった。その当時、原告役員らから曽和分会長は事情を聴取されているが、役員らから曽和分会長に責任があるとの発言はなかった。原告は、役員らに三谷宅を訪問させたり、弁護士に委任したりして三谷と交渉に当たったが、進展がなく、昭和五四年一一月に交渉は決裂した。

ところが、昭和五七年四月に就任した寺門社長以下の新役員は、三年も中断していた三谷との交渉を再開し、同年一〇月には三谷側の主張をほぼ認めて示談を成立させた。そして、同年一一月九日、柿原取締役は、曽和分会長に対し、三一八四万四六六七円の支払を突然請求してきたのである。

(2) ところで、曽和分会長は、昭和五四年五月営業部主任から降格され、役員室付きとなり、しかも同年五月から九月までの給与を一割カットされ、夏期一時金も本来約四〇万円支給されるべきところを一〇万円に減額され、これによって三谷との紛争についての処分は終了した。

曽和分会長は、同年一〇月八日、営業部主任に復帰し、当時、武内前取締役は「一応、これで君に対する処分はすべて終わった。今後、三谷氏とのことについては会社との関係に移るので君には関係ない。」と述べ、本郷元社長も「一切君に請求しない。だから営業部に戻したのだから、営業で頑張って欲しい。」と明言した。このように、原告は、昭和五四年一〇月の時点で、曽和分会長に対する求償権を明確に放棄したのである。

(3) なお、三谷との紛争が発生した当時、原告においては、本郷元社長自らが違法な「仕切り玉のはめこみ販売」を営業部員に行わせていた。

仕切り玉のはめ込み販売とは、証券市場において会社があらかじめ自己商いで株式を買いつけておき、後で顧客にそれをはめ込んで最初から顧客の発注に基づく売買であったかのように偽装する販売方法である。この販売方法は、証券会社が専ら手数料収入を上げるためになされ、大量に買いつけた株式を顧客に引き取らせることから、後に値段が下がったときに顧客の利益を損ない、紛争が発生しやすい取引であり、証券取引法にも抵触し、大蔵省の省令や通達に反する違法なものである。

本郷元社長は、自ら指揮して営業部員にこの販売方法を行わせ、これに従わない従業員には嫌がらせをしたりした。そのため、多くの従業員が、顧客の信用を損ない取引先を失う不安や違法な販売をノルマ的に行わされる苦痛から、退社した。

このような状況の中で、曽和分会長の三谷との一任勘定が本郷元社長らによって認められていたのである。

(4) 団体交渉の対象事項は、労働者の労働条件の維持改善その他経済的地位の向上に関連し、使用者の管理・処分権限内に属するものであれば足りる。曽和問題は、顧客との取引について生じた紛争に起因して発生した求償の問題であるが、いかなる場合に会社が顧客に払った金額を求償され、またどの程度の求償に応じなければならないかということは、労働条件の内容といえるものであり、少なくとも労働条件と密接に関連している。

また、原告が請求する金額は、曽和分会長にとっては容易に返済し得ない多額のもので、同人の生活に大きな不利益を与える。したがって、一労働者に対する解雇や懲戒が団体交渉の対象事項であるのと同様に、曽和分会長に対する求償も、曽和分会長の労働条件ないし労働者としての地位に関連する事項であるから団体交渉事項になるというべきである。

(5) 原告は、曽和分会長が三谷と行った取引により約二五〇〇万円もの手数料収入を得ているから、ほとんど実損を被っていないのであって、請求金額は余りに過剰である。しかも、前述のとおり、曽和分会長に対する処分は既に終了していた。それにもかかわらず、原告は、参加人との一連の労使紛争を背景としてこのような過剰な請求をしてきたものであり、曽和分会長に対する求償等の請求は、分会の弱体化を狙った不当労働行為であるというべきである。

(6) 原告は、別件訴訟が係属していることを団体交渉拒否の理由としているが、参加人が団体交渉を求めることによって原告の裁判を受ける権利が否定又は制限されることにはならない。紛争は裁判外でも解決可能なものであり、労使紛争の中で派生した曽和問題については、裁判によるよりも団体交渉によって解決した方が、今後の労使関係にとって有益である。

(三) 原告

曽和分会長に対する求償等の問題は同人個人の問題にすぎず、係属中の別件訴訟によって解決されるべきものである。

また、参加人が原告に要求した議題は、「曽和分会長に対する請求を撤回すること」というものであって、一般的な証券事故の際における従業員に対する求償基準ではない。曽和分会長に対する請求がどのような結論に帰着しようと、他の従業員、組合員の労働条件に何らの変化もない。

なお、原告は、無断売買をした組合員に対する損害賠償についての一般的な手続や計算方法について団体交渉に応じる用意のあることを従来から表明しているが、参加人はそのような団体交渉の要求を一切しないのであって、このことからも、参加人は曽和分会長に対する請求を断念させる手段として団体交渉を利用しようとしているにすぎないことが明白である。

第三判断

一争点1について

1  争いのない事実に<書証番号略>及び証人武内周一、同三島久雄、同曽和幹雄の各証言並びに弁論の全趣旨を総合すると、本件団体交渉及びその前後の事情として、次の事実が認められる。

(一) 原告は一店舗の地場証券であり、これに対して、日栄証券は全国に一五店舗をもつ証券会社であったが、その間の合併は、原告の経営再建を目的として構想された。その構想が煮詰まって、新聞発表等がなされた後、昭和五七年二月九日以降、西浦前社長から、原告従業員らに対して、合併に際しての前記のような待遇条件が提示されたが、原告従業員らは、原告から支払われる退職金の額についての不満や日栄証券に吸収された後の配置転換に関する不安等を抱き、従業員代表八人によって原告との交渉を重ねた。この間、配置転換等に関する前記条件についての約束を文書化することはできないという原告側の対応等を経て、同月二六日、西浦前社長が、全従業員を集めて、最終的な提案として前記のような退職金の支払案を示した。しかし、これに対して、従業員全員が無言のままその場から退席してしまうという事態になり、西浦前社長らは、従業員の協力が得られない以上日栄証券との合併は不可能であると判断するに至った。

(二) 右同日には分会が結成され、西浦前社長に分会結成通知書が手渡され、同年三月一日午前八時三〇分ころ、西浦前社長は、従業員らに対し、前記合併計画は白紙に戻さざるを得ない旨述べた。同日午後、同社長は、合併計画の破綻の後始末のために上京し、同日午後五時三〇分ころからの分会結成後初めての団体交渉には、武内前取締役が臨み、参加人から本件要求書を受け取った。

次の団体交渉は、合併問題の事後処理の最中の同月三日に行われたが、その際、原告は、性急に回答を求める参加人に対して、本件要求書に対する回答の時期につき一か月くらいほしいと時間の猶予を求めたけれども、参加人があくまで早期の回答を求めたため、同月八日に団体交渉を予定し、本件要求書の第1ないし第6項についてはそこで回答することを約した。しかし、その後も、原告側では合併計画の破綻に伴う取引先や監督官庁等との対応等の処理に追われ、役員が一同に会して本件要求書の内容を検討する機会ももたないまま、本件団体交渉を迎えた。

(三) 本件団体交渉の出席者は、参加人側が、三島参加人副執行委員長、松岡参加人書記次長(但し、途中からの出席)、曽和分会長及び組合員ら総勢約二〇名であり、原告側の出席者は、西浦前社長、戸田前常務、武内前取締役、橋本監査役(当時)の役員四名であって、この他、原告の書記役として塩川総務部長が出席した。

会場は、原告社屋の二階にある株式部室であったが、その広さは、鉤の手に奥まった部分を除くと三〇平方メートル余りの広さにすぎない。原告側と参加人側は、同室に配置されている机の両側に対置して座った。原告側は、社内の序列に従って、西浦前社長、戸田前常務、武内前取締役、橋本監査役、塩川総務部長が並び、参加人側は、役員らが机に向かって前列に並び、分会組合員や支援の組合員らが後方、側方にこもごも位置した。外部との出入りは、原告側が座った位置から組合員らのいるところを通って湯沸かし場に行き、そこを通り抜けることによって可能であったが、本来の部屋の出入口は双方の背後にあり、原告側の後ろの出入口は施錠してあった。

(四) 午後五時三〇分ころ開始された本件団体交渉の初めに、西浦前社長は、曽和分会長の質問に答えて、日栄証券との合併計画が御破算となった経緯について約一〇分間説明し、次いで、従業員の労働条件等の問題に関して「就業規則に則ってやる。会社を守っていくことが従業員を守ることになる。」などと答えた。その上で、同社長は、「合併計画が白紙に戻ったことに伴う事後処理に忙殺され、また、原告の再建方法で頭が一杯で、本件要求書に対する具体的な回答を考えるに至っていない。今日の団体交渉は一時間程度にしてほしい。」旨述べた。

これに対し、参加人側は、本件要求書に対する具体的な文書による回答を期待していたため、大いに反発し、組合員らがあるいは立ち上がって各々大声で怒声を上げ、机を叩き、床を踏み鳴らすなどして、その場は騒然とした雰囲気となった。参加人側出席者らは、西浦前社長らに対し、即時その場で回答するよう強く求め、これに対して西浦前社長らが難色を示すと、「その場でやったらええやないか。徹夜になろうがやったらええやないか。」、「おしか、つんぼか、もの言わんのか。ええかげんにせんか。」などと口々に怒鳴るなどした。

(五) このようにして、西浦前社長らが発言しようとしてもしばしば遮られ、参加人組合員らが一方的に原告側を激しく追及する状態が二時間余り続いた後、午後八時ころになって、三島副委員長らは、西浦前社長らに対し、一旦若干の休憩時間を入れるので会場を出て四階の役員室で検討するよう促し、検討後直ちに株式部室に戻って回答をするよう求めた。

西浦前社長らは、右の言に従ってようやく会場を出ると、参加人側出席者が会場で待機する間、役員室で回答を検討した。午後八時一五分ころ株式部室に戻った西浦前社長らは、同社長において、本件要求書2項に対しては、「時間内組合活動は認めない。但し、重大な業務支障がない限り、組合と協議の上、時間を定めて決定する。」との、同3項に対しては、「異動・昇格については協議しない。」との対案を口頭で述べた。しかし、参加人側出席者らは、この回答を不満とし、口々に「そんな返事では回答にならん。」、「要求書に書いてあることに返事せいと言ってるのに話にならん。」、「一体それはどういうことや。」、「まじめにやっとんのか。」、「はよう返事せい。」、「いらいらささんかていいやないか。」などと大声で野次ったり、机を叩いたりして、原告側の対案を検討する姿勢をまったくみせなかった。

(六) そして、午後八時三〇分ころから、遅れてやってきた松岡書記次長が西浦前社長に対し、本件要求書の各項について順次その諾否を問い始めた。西浦前社長は、本件要求書1項については初めから問題がなかったため、その内容を了承したが、続いてその2項について、松岡書記次長から諾否を迫られると、他社の協約の例をも検討したい旨述べて、何とか参加人側の攻勢をかわそうと試みた。すると、三島副委員長が自分の勤務先との間でも勤務時間内組合活動が認められている旨述べ、また、松岡書記次長が「よその分会もこういうふうに要求書を出して、それに対してこういう回答をちゃんともろうとるんや。これ一遍見てみい。」と言い、山口分会書記長が塚本分会要求書を西浦前社長に見せた。

実際には、三島副委員長の勤務先と参加人との労働協約は、原則として勤務時間内組合活動を認めないものであったし、塚本分会要求書は、参加人の下部組織である塚本分会が塚本証券に提出した単なる要求書にすぎず塚本証券が塚本分会との間で締結した労働協約ではなかったが、三島副委員長や松岡書記次長らの右のような言動の中でこれを一瞥した西浦前社長らは、それが実際に同業他社で締結されている労働協約であると思い込んでしまった。

塚本分会要求書の本件要求書に対応する条項の内容は、別紙三Ⅰのとおりであり、就業時間内の組合活動を認め、異動、昇格を含む労働条件の変更に関しては事前に組合と協議決定するなどというものであり、実際に塚本証券で締結された労働協約のそれは別紙三Ⅱのとおり、組合活動は原則として時間外に行う、組合員の異動、昇格については事前に組合に通知し、協議するという内容のものにすぎなかった。

(七) こうして、経営不振による合併構想が破綻し、その事後処理に多忙を極め、本件要求書の検討もできないまま、追って具体的な回答をすればよいという考えで団体交渉に臨んだ西浦前社長らは、参加人組合員らの性急な回答要求に遭い、長時間にわたって激しくなじられて困惑し、前記のような誤解に陥ったため、同業他社と同様の労働協約を締結するのであればやむを得ないという考えになり、その場の状況に流されるまま、橋本監査役において、参加人側に「回答書はどう書いたらいいんですか。」と尋ね、松岡書記次長がひとつひとつ口述する条項を、武内前取締役がそのまま書き取るに至った。そして、西浦前社長らは、一旦、検討のための休憩を求めて役員室に行ったものの、既に同業他社でも同様の内容の労働協約が締結されていると思い込んでいたこともあって、右の内容を逐次冷静に再吟味することもなく、2項に「業務に重大な支障がない限り」という文言を挿入しただけで、他はすべて武内前取締役が書き取った内容のまま、これを清書して文書化し、これに西浦前社長が押印して本件回答書を作成し、株式部室に戻ってこれを参加人側に手渡した。これに対し、参加人側は、後日、参加人内部での承認手続を経た上で回答書に対する返答をする旨告げ、午後一一時三〇分過ぎに本件団体交渉は散会した。

(八) なお、この間、一回一五分程度の短時間の休憩が合計三、四回とられたことがあったが、それは、前記のように参加人側が原告の即答を得るために役員室で協議して結論を出してくるように求めた際のものや本件回答書による最終回答直前のものにすぎず、西浦前社長らは、同室で休息し得たわけではなかった。また、西浦前社長は、高血圧が昂じて翌々日には入院するに至るほど疲労困憊した状況にあった。

三島副委員長及び曽和分会長は、労働委員会における供述(<書証番号略>)及び当裁判所での証言において、右団体交渉の状況につき、参加人側出席者が机を叩いたり、床を踏み鳴らしたり、原告側出席者に対して大声で怒鳴ったりした事実はなかった旨供述している。しかしながら、三島副委員長自身が同時に、参加人側出席者は原告側が具体的回答を用意していなかったことなどを厳しく追及したとか、組合員らが口々に質問をしたり、意見を述べたりしたとか述べ、参加人側出席者全員が間断なく発言していたことも認めているところであって、右各供述自体からみても、まったく穏やかなやりとりがなされていたものとは解し得ない。のみならず、原告側が予め本件要求書を受領し、事前に検討して当日回答する旨約していたにもかかわらず、参加人が期待したような具体的な回答を用意していなかったことに照らすと、それがわずか五日前のことであり、また、合併計画が実現直前に破綻したという当時の状況からして客観的には無理もないことであったとしても、参加人組合員らとしてはこれに激怒するのが自然の成り行きであると考えられるのであり、前記認定の言動に及ぶ動機、状況は十分であったといえる。さらにまた、原告側では、団体交渉開始時には回答案をまったく用意していなかったにもかかわらず、関心をもっていた同業他社の協定状況等に関する調査などもすることなく、本件要求書についての実質的に第一回目の団体交渉の場で、参加人側の要求をほぼそのまま認める本件回答書の作成に至ったものであって、その理由の一つが参加人組合員らによる怒声、罵声を伴う激しい追及にあったとする証人武内周一の証言及び<書証番号略>の供述記載は優に措信し得るものというべく、これを否定するごとき前記各供述部分は採用の限りでない。

また、三島副委員長の被告中労委における供述(<書証番号略>)及び証人三島久雄、同曽和幹雄の各証言中には、参加人側で塚本分会の要求書を原告側に示したのは、他の分会の要求書の例を教えるよう求められたからにすぎず、要求書を回答書ないし協定書と偽って示した事実はない旨の供述部分がある。しかしながら、組合の要求書に対する回答を検討している使用者が、他社との協約内容でなく他の会社に対する要求内容がどのようなものかとわざわざ尋ねたというのは、かなり不自然な話であるといわざるを得ない。また、三島副委員長の地労委での供述中には、たとえば、自らの勤務先等では労働協約によって勤務時間内組合活動が認められているなどと事実と異なる説明をしている部分もある(<書証番号略>)ばかりでなく、本件団体交渉の行われた翌日(昭和五七年三月九日)付けで分会が発行したビラ(<書証番号略>)には、本件要求書1ないし4項が参加人のどの分会でも会社側から認められている事項なのでこの交渉の場で回答するよう原告に申し入れた旨明確に記載されているのであって、これらの証拠関係に照らすと、右各供述部分は到底措信することができない。

2 そこで、原告が協定書の作成を拒否したことが不当労働行為に該当するか否かを判断する。

(一)  右認定事実によると、原告は参加人に対し、本件回答書を手交し、そして、参加人は原告に対し、昭和五七年三月一八日の団体交渉の席上で本件回答書を受諾する旨を表明したのであるから、原告と参加人との間にその時点において本件回答書に記載された回答内容につき一応の合意が成立したということができる。そして、参加人が、右合意に従った協定書の作成を求めたところ、原告は、同年四月一六日に至って、本件回答書の2、3及び5項の修正に応ずるのでなければ協定書を作成することはできない旨述べ、これに参加人が応じなかったため、その作成を拒否したというのである。

ところで、労組法一四条が、労働協約の効力発生要件として、これを書面に作成した上で、両当事者が署名又は記名捺印することを要すると定めたのは、労働協約には、同法一六条に規定する規範的効力等の効力が認められるため、当事者にその締結にあたってとくに慎重な考慮を払わせ、後日その協定内容について紛争が発生しないように当事者の意思を明確にしておく必要があるからにほかならない。

してみると、原告と参加人との間に右のように一応の合意が成立したとはいうものの、この合意には、同法所定の労働協約としての効力がないことはもちろんのこと、一般の契約としての効力も認められないものと解すべきである。なぜならば、このような要件を欠く合意に労働協約としての効力を認めるとの解釈は明らかに同法一四条の文言に反するし、また、何らかの契約としての効力を認めるとすると、同一の労使間に労働協約とその要件を欠く合意とが混在することになり、それらの間で矛盾、抵触を生じた場合には、かえって労使関係を混乱させることになりかねないからである。

(二)  もっとも、労使間で一旦成立した合意が、誠実な団体交渉の成果として得られたものである場合には、労使双方ともこの合意を尊重すべきであり、一方において相当な理由がないにもかかわらず安易にこの合意を撤回したり無視する態度に出ることは、団体交渉の意義を失わせることになるから、不当労働行為として許されないというべきである。

そこで、本件において原告が一旦成立した合意を労働協約とすることを拒否したことに相当な理由が存するか否かについて検討する。

本件団体交渉は、実質的には、本件要求書に関する第一回目の団体交渉であるところ、本件回答書の内容は、参加人側の口述した内容をほとんどそのまま清書しただけのものであって、就業時間内の労働組合活動を原則として認めるなど文言上参加人に相当有利な内容となっている。そして、このような合意が成立した経緯は、前記認定のとおり、経営不振による合併構想が破綻し、その事後処理に多忙を極めていた原告の四名の役員らが、参加人の要求に応じて、本件要求書に関する団体交渉を開催することに同意したものの、本件要求書の検討もできないまま、疲労の中、本件団体交渉に臨み、しかも、当日の団体交渉では、約二〇名もの参加人側出席者から二時間余りにわたって怒声、罵声を浴び続ける状況下で、参加人側から他分会の要求書を示されるなどして、同業他社では勤務時間内組合活動や労働条件の事前協議決定条項が一般に認められているかのように思い込んだ結果、同業他社と同様の労働協約を締結するのであればやむを得ないという考えになり、その場の状況に流されるまま本件回答書を作成したのであって、本件回答書の作成が原告役員らの冷静な判断の可能な状況下で、自由な意思に基づいてなされたものということができない。

してみれば、本件団体交渉は、怒声や罵声の中で一方的に進められたにすぎず、相互に議論を尽くして合意に達したものとはいえず、また、原告の回答の根拠が同業他社の協約状況に関する誤解に基づくものである以上、それによって得られた合意は誠実な団体交渉の成果であるとはいいがたい。したがって、原告が、本件回答書の2、3及び5項についてそのままの内容で協約を締結するのを拒否したことには相当な理由が存すると解すべきである。そうすると、原告の協定書作成拒否は、誠実な団体交渉の意義を失わせたものとはいえないから、同法七条二号、三号のいずれにも該当しない。

なお、原告側が、本件団体交渉で本件要求書に対して回答すると約束しておきながら、具体的な回答を用意していなかったことは、それだけを取り上げれば、誠実な団体交渉という観点から問題のある態度というべきであるが、前示のような合併に関する経過に鑑みると、原告が本件要求書の内容についてわずか一週間の間に事前に十分な回答を用意できなかったことには無理からぬ面があり、この点だけをもって原告を責めることはできず、ましてや、そのことによって法律上成立していない労働協約を成立したものと扱うべきことにはならない。

したがって、原告が本件回答書そのままの内容での協定書作成を拒否したことを不当労働行為であるとした本件命令には判断を誤った違法がある。

二争点2について

参加人が本件回答書の内容を受諾する旨の意思を表明したとはいっても、これをもって労働協約が成立したといえないことは前述したとおりである。したがって、本件解約予告は、労組法一五条所定の解約予告としての意義を有せず、協約締結の意思のないことを再度表明したものにとどまるもので、法律上は無意味なものというほかはない。そうすると、本件解約予告が、それ自体として独立して、参加人の組織運営に対する干渉であるとか、参加人組合の弱体化を企図する行為であるとかいう余地は存在しない。

よって、本件解約告知が不当労働行為を構成するとした本件命令には判断を誤った違法がある。

三争点3について

1  争いのない事実に<書証番号略>及び証人武内周一、同柿原久雄、同曽和幹雄の各証言並びに弁論の全趣旨を総合すると、曽和問題というのは、原告の顧客として昭和五二年ころから信用取引を行っていた三谷が、昭和五四年四月三日、自分の知らない間に同人名義で取引がなされ、担当者であった曽和分会長に預託している有価証券が無断で売却されてしまっている旨主張した件に関し、原告が、昭和五七年一〇月二六日に三谷との間で和解し、三谷から預託を受けた有価証券残存分等の返還、三谷名義の取引による損金の負担、三谷の被った損害の解決金の支払い等を約し、結局、合計三一〇八万余円の出捐を余儀なくされたとして、同年一二月二二日、逐次の了解を受けずに取引を行った曽和に対し、解決金名目で三谷に支払った損害賠償金一二〇〇万円及び原告において負担することとした損金立替金一九〇八万余円の合計三一〇八万余円につき民法七一五条三項による求償権の行使として、三谷との取引の奨励金又は特別奨励金として原告が支払った合計七五万余円につき不法行為による損害賠償請求権の行使として、これら合計三一八四万余円とそれに対する遅延損害金の支払を求めたことを指すものであること、原告は、右請求につき大阪地方裁判所に別件訴訟を提起したが、同地方裁判所は、平成元年三月一〇日、原告の請求を全部棄却する判決を言い渡し、これに対し、原告が控訴したことがそれぞれ認められる。

2 そうすると、曽和分会長の行為は、なるほど一面において同人個人の問題であるといえるが、他面、原告の従業員としての立場においてその業務行為中になされたものであり、この場合の責任の有無・範囲等は、曽和分会長と原告との雇用契約関係と深く関わりのある問題であるということができるから、原告において右問題につき団体交渉を拒否することはできないというべきである。

また、なるほど参加人の要求した議題は、曽和分会長に対する請求を撤回することというものであるけれども、その議題が同人の責任の有無・範囲等に帰着する問題であることは明らかであり、曽和分会長に対する請求をどのように解決するかが原告における一つの先例としての役割を果たすであろうことは否定することができず、それは、証券事故の際における従業員としての責任の有無・範囲等と関わりのある事項であるということができる。

なお、曽和問題については原告と曽和分会長との間で別件訴訟が係属しているが、訴訟は公権力によって当事者間の権利関係ないし法律状態を確定するものであるのに対し、団体交渉は使用者と労働組合とが交渉によって将来にわたる権利関係ないし法律状態を形成していくものであり、両者はその目的、機能を異にするから、別件訴訟が係属していても、なお曽和問題について原告と参加人が団体交渉を行う意義は十分にあるというべきである。

したがって、本件命令中、曽和問題について参加人との団体交渉に応じることを原告に命じた初審命令の主文2項を維持した部分には違法な点はない。

第四結論

以上のとおり、本件命令中、原告による本件協定書作成拒否及び解約予告をもって不当労働行為と判断したことに基づく部分は違法であるから、主文掲記の部分を取消し、曽和問題についての団体交渉拒否を不当労働行為と判断したことに基づく部分は適法であるから、その部分に関する原告の請求を棄却し、訴訟費用(参加によって生じたものを含む。)の負担について行訴法七条、民訴法八九条、九二条本文、九三条一項、九四条を適用して、主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官林豊 裁判官松本光一郎 裁判官岡田健)

別紙一

Ⅰ 初審命令 主文

1 被申立人は、昭和五八年一一月一一日付けで申立人に対して行った労働協約の解約予告をなかったものとして取り扱い、かつ申立人に対して交付した五七年三月八日付け回答書の内容(ただし第7項を除く)で協定書を作成しなければならない。

2 被申立人は、曽和問題を議題とする事項について、申立人と速やかに団体交渉を行わなければならない。

3 被申立人は、申立人に対し、下記の文書を速やかに手交しなければならない。

年 月 日

大阪証券労働組合

執行委員長 新堂継男殿

石塚証券株式会社

代表取締役 寺門悦

当社が貴組合に対して行った下記の行為は、大阪府地方労働委員会において、労働組合法第七条二号及び第三号に該当する不当労働行為であると認められましたので、今後このような行為を繰り返さないようにいたします。

(1) 貴組合との間で成立した労働協約について、協定書の作成を拒否し、また昭和五八年一一月一一日付けで、同協約の解約予告を行ったこと

(2) 貴組合の申し入れによる、曽和問題を議題とする団体交渉の開催を拒否したこと

4 申立人のその余の申立ては、これを棄却する。

Ⅱ 本件命令 主文

1 本件初審命令主文第1項を次のとおり改める。

1 石塚証券株式会社は、昭和五七年三月八日付け回答書についての五八年一一月一一日及び同月一五日付け通告書をなかったものとして取り扱い、かつ同回答書の内容(ただし第7項を除く。)で協定書を作成しなければならない。

2 本件初審命令主文第3項の記中「新堂継男」を「下田紀」に、「大阪府地方労働委員会」を「中央労働委員会」に、それぞれ改めるほか、同項記の記の(1)を次のとおり改める。

(1) 昭和五七年三月八日付け回答書の内容(ただし第7項を除く。)による協定書の作成を拒否し、また五八年一一月一一日及び同月一五日付け通告書により解約予告を行ったこと。

3 その余の本件各再審査申立てを棄却する。

別紙二

Ⅰ 本件要求書

1 当労働組合及び当該所属組合員に対して、一切不当労働行為を行わないこと

2 組合活動の自由を保障し、就業時間内の組合活動を認めること

3 労働条件の変更(異動、昇格を含む)について事前に組合と協議決定すること

4 組合事務所及び組合掲示板の設置を行い、机、椅子、黒板等の備品を貸与すると共に、会議場、什器、電話の使用を認めること

5 有給休暇、生理休暇(有給)を自由に取得させること

6 就業時間を厳守し、昼休みを保障すること

7 日栄証券と「合併」が決まるに至った経緯及び理由、並びに当該「合併」が「白紙」になるに至った経緯及び理由を明らかにするとともに、今後の会社の経営方針を明確にすること

Ⅱ 本件回答書

1 労働組合及び労働組合員に対し一切の不当労働行為を行わない。

2 組合活動の自由を保障し、業務に重大な支障がない限り就業時間内の組合活動を認める。

3 労働条件の変更(異動昇格を含む)について事前に組合と協議決定する。

4 組合事務所を設置し、組合掲示板、机、椅子、黒板、電話等の備品を貸与するとともに、会議場の貸与については事前に申し出て協議する。

5 有給休暇、生理休暇(有給)を自由に取得させる。

6 就業時間を厳守し、昼休みを保障する。

7 日栄証券との合併の白紙撤回及び今後の経営方針については、三月一〇日に交渉をもって明らかにする。

別紙三

Ⅰ 塚本分会要求書

1 当労働組合に対して一切の不当労働行為を行わないこと。

2 組合活動の自由を保障し、就業時間内の組合活動を認めること。

3 労働条件の変更(異動、昇格を含む)について、事前に組合と協議決定すること。

4 会社は店内の適当な部屋を組合事務所として組合に貸与し、同時に机、椅子、黒板、電話等、什器備品も貸与すること。

5 有給休暇については、初年度を一〇日、以後勤続が一年増すごとに二日を増日し、最高二〇日とすること、なお、くりこしは最高四〇日とすること。

年次有給休暇のほかに毎年七月〜九月の間に、五日間の夏季休暇を与えること。

母性保護のための下記事項について全て有給で保障すること。

イ 生理休暇を必要日数与えること。

ロ つわり及び妊娠障害休暇を必要日数与えること。

ハ 妊娠による時差出退勤を一日一時間保障すること。

ニ 妊娠による通院休暇を月一回与えること。

ホ 出産休暇を産前産後各八週間与えること。

ヘ 育児時間を産休明け後一年間一日一時間与えること。

会社は前記の諸休暇を従業員が円滑に取得できる人員の配置を行うために、必要な人員を採用すること。

6 土曜日の終業時間について、従来の二時を一時三〇分繰りあげ、一二時三〇分とすること。

Ⅱ 塚本証券協定書

1 会社は組合に対し一切の不当労働行為を行わないこととする。

2 組合活動の自由は保障し、原則として、就業時間外に行うものとする。

但し、組合員から申し入れがあれば、業務に支障のない限り、会社はこれを許可する。

3 組合員の異動、昇格については、事前に組合に通知し協議する。

4 (対応する条項がない。)

5 年次有給休暇のほかに毎年七月〜九月の間に四日間の夏季休暇を与える。

生理休暇については有給で必要日数与える。

6 土曜日の終業時間を一二時三〇分とする。但し、株式、営業のみ。他は一二時四五分。

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